2012年11月29日

「風邪、やっと回復」


前回、微風邪を引いておけば あとが楽かもしれないと書きましたが、とんでもない。

微風邪でも何でもなく、しっかり寝込んでおりました。


イヤほど寝て、やっと回復してきたところです。

まだ頭がポワンとしているので、記事の再開は来週を目指したいと思います。


風邪には睡眠が一番といいますが、そうかもしれません。

あれだけ寝て、まだ眠れたということは、睡眠が必要だったのでしょう。

つーか、体からすれば、「ちゃんと寝ろよ」ということだったのかもしれません。


気持ちよく眠れることこそ、健康の秘訣なのかも。

何をするにしても健康じゃないと始まらないし。

快眠が、一番!



でも、寝すぎて、ちょっと時差ボケ状態…




タグ:閑話

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posted by 南方城太郎 at 09:47 | TrackBack(0) | 閑話

2012年11月22日

「風邪休み」


風邪を引いたのか、ノドが痛い痛い。

熱はないのですが――というか、35.0℃とか、いつもより低すぎ。

体温計、壊れたか?


というわけで、今日の通常更新はお休みです。

横になって休みたいと思います。


私の信条のひとつに、「続けるには、適度に休んだ方がいい」というのがあります。

もちろん、休みなく続けるのもいいのですが、それにこだわるあまり続けられなくなったら本末転倒ですしね。

集団で物事を進めている場合は、互いに頼り頼られすればいのですが、ひとりの場合は、そうもいかないし。


あと、この時期に微風邪をひいてたら、あとで激風邪ひかなくてすむかな〜とか思ってみたり。

でも、微風邪、中風邪、激風邪と、3連覇したりして。


まあ、手洗いやうがいを徹底しつつ、ふつうに暮らすか。

ともかく、寝よう。


zoo…zoo…





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posted by 南方城太郎 at 14:23 | TrackBack(0) | 閑話

2012年11月19日

「(14) したいことはしたらいい/こころの処方箋」


河合隼雄 著「こころの処方箋」(新潮社)より。


<やりたいことは、まずやってみる>


誰しも夢や やりたいことを持つわけですが、そこでブレーキがかかりますよね。

「○○がしたい。でも…」「○○がやりたい。しかし…」

「でも」や「しかし」があるので、そこで止まってしまいます。


今回問題にするのは、夢のような大そうなものではなく、もっと手近な「やりたいこと」。

しようと思えばできる。でも、何か理由があったりして、のびのびになってたり、できないでいること。


先に述べた「でも」や「しかし」の後にあるのは、条件です。

その条件がクリアされていないので、したいことができません。



<条件(1)>

「やらねばならないことがある」


期日までに、こなさねばならないことがある。

なので、○○できない。


これは、まっとうな理由ですね。しないと迷惑をかけてしまうわけだし。

でも、そんな時にしたいことをするのも手だと、河合隼雄先生は言う。


本当は○○をしたい、でも、すべきことがあるのでそちらを優先する。

そんな時は、したいことが気になって、非常に効率が悪くなることがあるというのです。

逆に、○○をしてからやった方が、スッキリして効率がグンと上がると。


でも、これ、難しいところですよね。

したいことを優先したら、すべきことが遅れて、周囲に迷惑をかけるかもしれない。例えば、納期に遅れたら、大変なことになってしまいます。

ただ、それも、確かめないと分からない部分も。

それは、絶対に守らねばならないことなのか? それとも、できるだけ守った方がいいことなのか? あるいは、実は自分で思い込んでいるだけで、そんなに守らなくてもいいことなのか?

守らないと、迷惑がかかるのか? 迷惑がかかるにしても、どの程度なのだろう? あるいは、自分の気分の問題だろうか?

先にした方がいいのか? 後でも大丈夫なのか? 実は、どちらでもいいことなのか?

先にした方がいいけれど、実は間違いのないことや中身が充実していることの方が大事なのでは?

このように、実は場合場合なのかもしれません。


したいことを我慢し、やるべきことを優先する。これは、イライラにつながると言います。

なので、周囲に迷惑をかけないようにと我慢して頑張るわけですが、おかげでイライラし、周囲に当り散らすなどして、結果として迷惑をかけるような場合も。

自分の中であれ外であれ、犠牲が出ていることも、あるかもしれません。

そんな時は、休み休みという意味でも、したいことをしたり、したいことができる状況を作り出す方が、ひょっとしたらいいのかもしれませんね。



<条件(2)>

「時間がない」


これも、多そうだ。

でも、やってみたら意外と何とかなるものだと、河合隼雄先生は言います。

できないと思い込んでいるだけで、実はできる場合も多いと。


さらに、「すべきこと」と「やりたいこと」では、エネルギーの消耗度が違うと言います。

やりたいことだと、疲れが少なかったり、効率もよくなったりする。

思い描いていたことと、そこでも差が出るかもしれません。

意外と無理が効く場合がある。



<条件(3)>

「もう遅い」


年齢なことや、あれやこれやで、今さらやっても…というわけ。

でも、何事もやってみないと分からないという。

やってみた結果、意外なものが生まれるかもしれません。

例えば、体力がつくかもしれない。あるいは、気分がよくなるかもしれない。続けることで何かが身につき、ある日突然、人からすごいねえと評価されることだってあるかもしれない。

したいことをすることで、若返ることだって、ないとは言えません。

だいたいが、効果が必要なのかどうか。

別に何も生まれなくても、いいんじゃないかと。



してみたいと思うのだから、そこには何らかの意味がある場合が多いという。

でも、その意味も、分かるのはずっと後なのでしょう。

なので、やりたいことはまずやってみたらいい、ということになる。


意味や効果は、その後でいいじゃないですか。

自分のやりたいことをやる。

そして、相手のやってることにも口を出さない。


こうして、自分を生きると。





<余談>


昔、「ダッシュ勝平」という六田登さん原作の漫画があって、後にアニメにもなりました。

主人公 坂本勝平の声を田中真弓さんが務めていたのですが、その主題歌をKiKi名義で、田中真弓さんが歌っていた。

そのOP曲が、「見たいもの見たい」。

これ、なかなかいい曲なんですよ。

曲も、歌詞も。


見たいものは 見たい 見たい

見・た・い!

これ、朝飯前の、当たり前!



見たいから、見る。

近づいてみたり、時には、もっと寄ってみたり。

ダメで元々だし、泣くこともあれば笑うこともあると。

それでいいじゃん、って感じ。





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posted by 南方城太郎 at 14:19 | TrackBack(0) | こころの処方箋

2012年11月15日

「(13) 真面目も休み休み/こころの処方箋」


河合隼雄 著「こころの処方箋」(新潮社)より。


<マジメも休み休み言え>


心理的な問題の根底には、バランスの悪さがあるように思います。「そればっかり」になったり、あまりに一方的になったり、偏りすぎると、どこかに不具合が生じるわけです。

これって、身体でもそうですよね。休まずに運動ばかりしていたら、どこかを痛めそうです。かといって、ずっと運動しないと、それはそれで問題がでそう。

食べ物だってそうで、同じものばかり食べてたら、足りない栄養が出てきて、そのうち病気になるかもしれません。たまに足りないのは問題になりにくいけど、ずっと足りないのは問題になる。これは、摂り過ぎだってそうですね。


「冗談も休み休み言え」「馬鹿も休み休み言え」、これらはよく聞く言葉ですよね。そこには非難の色がありますが、上で述べたのと同じようなことが言えます。たまに冗談を言う分にはいいけど、いつも冗談ばかりだと困る。ここから、ちょっとは考えろとか、よく熟慮しろとか、そういう意味合いがあります。

河合隼雄先生はこれと同じで、「マジメも休み休み言え」といえるのではないかと書いておられます。

いつも真面目なことばかり言う人がいる。すごくもっともなので感心するのかといえば、実はそうではないという。反論の余地がないせいか、妙に反発したくなったり、ちょっと不愉快になることも。

心の中に、モヤモヤしたものが残ってしまいます。


アメリカ人は、ジョークが好きだと言います。ちょっとお堅い場面でも、不意にジョークをはさんだりする。本ではウォーターゲート事件の証人喚問におけるエピソードが紹介されていますが、国会のような場所でもジョークを交えるし、またそれが受け入れられるという。

これを仮に日本でやれば大問題となるわけですが、証人喚問の真剣さを比べれば、どうでしょう? 冗談を交えつつも徹底的に追及する場合もあれば、冗談は言わないものの何をやってるのか分からないといった場合もあるでしょう。なのでこれは、冗談を言う言わないの問題ではないことが分かります。


こういうのって、身近な仕事でも、そうですよね。冗談を言いつつも、仕事をしっかりする人もいる。その一方で、冗談一つ言わないけれど、仕事がいまひとつの人もいるでしょう。

その際、前者のような人は、息を抜くのがうまいなあ〜と感心することがあります。息を抜くのがうまいので、集中する時に、しっかり集中して物事をやり遂げているような気がする。

逆に後者は、いつも緊張しているので、大事な時に力を出し切れない。仮に同じ力量であったとしても、その力の使い方に差があるわけです。


さて、アメリカ人と日本人の話に戻ると、アメリカ人は相手にハッキリ物を言う代わりに、相手の言い分をちゃんと聞こうとする態度があると言います。「ハッキリ言う」と「ちゃんと聞く」が両方あって、バランスが取れていると。

それに比べ、日本的なマジメは一方的だという。マジメが正しくて、相手が悪い。マジメが指摘すれば、相手は謝るしかないと。したがって、聞く耳を持たないことが多い。

アメリカでは、言うし聞くから、激しい論戦になることもある。欧米人は、いくら自分が正しいと思っていても、ちゃんと相手の言い分を一度は聞くという、そんな態度があるそうです。相手に対して、開かれています。


日本的なマジメは、非常に限定された範囲内なのだという。自分のテリトリーで、真面目で正しいことを言う。そこから出ようとはしません。

確かに、その範囲内では、それは正しいのかもしれない。相手が間違っているのかもしれない。でも、相手がその範囲内で生きているか、それは分かりません。むしろ、違う部分で生きている方が、多いかもしれない。

それは確かに正しい、けど…。その「けど…」の後ろが、ありそうですね。


冗談や馬鹿なことには、笑いがあります。その笑いは、余裕から生まれるという。そしてこれが、休み休みにも通じると。

休むことで、余裕が生まれる。余裕があれば、笑いだって生じる。

さらに言えば、力だって得られて、肝心な時に発揮できます。また、視野を広げるといった意味でも、有用かもしれません。


日本的なマジメは、やりすぎると、「使い方のまずさ」や「やり方のまずさ」を生むのかもしれません。

マジメなんだけど、肝心なことでの効果が薄かったりする。

そんな時は一度休んで、たまには馬鹿なことでもして、それから「やり方」についてもう一度考えた方が、いいのかもしれませんね。

だいたいが、物事をやるには――特に続けるには――休んだ方が効率的なんだから。


でも、マジメさが染みついた日本人は、マジメに休もうとするので、これもちょっと考えないと。

一度力が抜けるような、そんな休みでないとね。





<余談>

そう考えると、このブログなどは、マジメなことばかり書きすぎている気がします。

書いてるのは冗談みたいな人間で、別のところでバカなことをしてたりするんですが、そんなこと読む人は知らないだろうしなあ。

となると、ブログの書き方を見直そうかって、気もしてきた。





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posted by 南方城太郎 at 11:29 | TrackBack(0) | こころの処方箋

2012年11月12日

「気に病むよりも」


今日は趣向を変えて、私見でも。



モヤモヤしている時や、イライラしている時は、何か見落としていることがあるものです。

それはある意味、「どこか変えた方がいい部分がある」ということ。


でも、人間はいろいろと混同してしまうので、「どこか変えた方がい部分がある」ということを「まるで全部が間違いだった」かのように誤解しがちです。

誤解といっても、そう意識するわけではありません。もっとぼんやりと、そのように感じ取ってしまいます。

ある意味それが、モヤモヤやイライラなのかもしれない。


でも、「どこか変えた方がいい部分がある」というのは、言葉通り「部分」であって、全体ではありません。

つまり、全人格を否定されるようなものではない。してきたことの全てが間違いというわけでもありません。

なのに人間は、まるで全人格や今までの人生をすべて否定されたみたいに、誤解しちゃうんです。


こんな時に考え込むと、余計にモヤモヤしたり、イライラしちゃうわけで、そうするよりは、やり方を変えた方がいい。

○○が悪いのか? と考えるのでもなく、無理やり反省しようとするのでもなく、問題ありそうな部分の<やり方>を変えてみる。


というのも、気に病むばかりだと、それにエネルギーを奪われ、肝心のことが変わらないからです。

肝心のことが変わらないと、また何かが起こり、結果、余計に気に病むことになります。

逆に、肝心なことがちょっと変わってくると、ちょっとずつ、だんだんとでも、気に病むことが減ってくるはず。

とはいえ、何が肝心なことかは、なかなか見えないのが、難儀なことなんですけどね。

第三者的には見えても、本人だったり、その渦に巻き込まれている集団のひとりだったりすると、なかなか客観的には見えないので。



ともかく、気に病むよりも、態度や行動を変える方が効果的なようです。

あれこれ考えるよりも、やってみる。

考えるだけだと堂々巡りになりがちですが、<やること>が変わると<結果>も変わって、結果の反応として生じている<気持ち>にも変化が出ます。

特に、<いつも>ということなら、それは習慣になっているということなので、<どこかを変える>というのがカギになると思われます。




外部サイト → 嫌な気分は、メモして直そう





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posted by 南方城太郎 at 14:15 | TrackBack(0) | 閑話