2012年12月20日

「(3) そうだろ/アワビさん」


絵のないマンガシリーズ「アワビさん」。


<うそからまことが出てくる>



<登場人物>


アワビ:天真爛漫な奥さん

ツナオ:アワビの歳の離れた弟。小学5年生。

サケオ:アワビの夫。

コンブ:アワビやツナオの妹。

なぎ平:アワビやツナオの父。

コマちゃん:アワビとサケオの息子。コマイ。




アワビさん

「コンブは本当に、いい子ね」

コンブ

「どうしたの、ねえさん?」

アワビさん

「いつもお手伝いしてくれるし、買い物に行ってくれたり、コマちゃんの面倒だって見てくれるし」

コンブ

「何言ってるの?」

アワビさん

「お風呂掃除だってしてくれるし、洗濯物を取り込む手伝いだって」

「本当に、自慢の妹だわ」

コンブ

「もう、やめてよ!」

「そうだ、お姉ちゃん、買い物、行ってきてあげる」

アワビさん

「まあ、本当?」

「コンブは、本当にいい妹ね」

(しめしめ、うまくいったわ)




アワビさん

「ツナオ、おまえは本当に、いい弟だわ」

ツナオ

「そうだろ」

アワビさん

「毎日、机に向かって勉強して」

ツナオ

「そうだろ」

アワビさん

「ねえさんの言うことは、何でも聞く」

ツナオ

「そうだろ」

アワビさん

「おつかいだって、お風呂掃除だって、嫌な顔ひとつせず、何でもやってくれるし」

ツナオ

「そうだろ」

アワビさん

「おまえは本当に、いい弟だわ」

「自慢の弟よ」

ツナオ

「そうだろ」


その間ずっと、寝転んでマンガを読んでいるツナオでした。


ツナオ

「あれ? ねえさん、もういいの?」

アワビさん

「あんたには、負けたわ」

ツナオ

「そうだろ(ニヤリ)」







通用する相手と、通用しない相手がいるようです。

ウソも、つき続けるのは難しい。




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posted by 南方城太郎 at 16:05 | TrackBack(0) | アワビさん

2012年12月17日

「(17) ウソで誠を生み出す/こころの処方箋」


河合隼雄 著「こころの処方箋」(新潮社)より。


<うそからまことが出てくる>


河合隼雄先生のエッセイにはよく、「ウソツキクラブ」というのが出てきます。

先生は、日本うそつきクラブの会長だというのです。

実は、「ウソツキクラブ短信」という本さえ出している。


先生はその職業上、なかなか本当のことは言えなかったのだと思います。

そういう縛りがあった。

また、心理について深く関わったのだから、目は肥えていたはず。

人が見ないような部分にまで目を向けるのに、それでいて、本当のことは言えないといった部分がある。

なので、「本当のこと」とか「うそ」については、我々には想像できないような苦労や、深い思いが、きっとあったことでしょう。


さて、この回の冒頭では、「おおかみ少年」が紹介されています。

といっても、狼に育てられた少年のことではなく、イソップ寓話の「嘘をつく子供(狼と羊飼い)」のこと。

羊飼いの少年が、狼が出たと言って嘘をついた。大人が大騒ぎするのが面白くて繰り返し嘘をついていると、そのうち、誰も本気にしてくれなくなりました。でも、ある日、本当の狼が現れたのですが、羊飼いの少年が「狼が出た!」と叫んでも、誰も信じてくれない。結果、村の羊は全部食べられてしまいました、といったお話。

この物語の教訓は、人間 嘘ばかり言っていると誰からも信用されなくなる、信用されるには日頃から正直でいることだ、といった感じでしょうか。

でも、河合隼雄先生は、時に、ウソから誠が生まれると言います。


例えば、「○○するぞ」とウソをついていると、それを信じる人が出てくる。信じた人に対して悪いので、どうにか努力して実現しようとする。結果、ウソのつもりだったのが本当になるというわけ。

逆に、ウソになるといけないと思い、できそうなことに対し、「できるかどうか分からない」と言うようなこともあります。こういう時、できるのが本当で、できないのがウソだったはずが、ウソが誠になって、本当にできなくなることもあるという。


ただ、ウソが誠になるのは、そう簡単ではないといいます。

なぜなら、誠になるまで、ウソをつき続けなければならないから。

ウソばかり言っていると相手の反応が気になるだろうし、時には怒られるかもしれないし、良心の呵責にやられることだってあるかもしれません。

なのでやり続けるには、相当の忍耐力や勇気が必要。

それを経てこそ、ウソは誠になるのかもしれない。


ジンクスのような感じで、本当のことを口に出さない場合もあるという。

優勝や記録がかかっているような時、「気にしない」とか「まだまだ」だと口にする。

でも、実際は非常に気になっていたりして、結果的にはウソをついたことになると。

ただ、本当の気持ちを口にして結果が出なかったとき、「やっぱり言うべきじゃなかった」となるのが怖いので、なかなか本当のことは言えないようです。



活用できるウソもあるという。

それは、褒めること。

とことん褒め続ける。とにかく、褒め続ける。

熱心だとか、誠実だとか、言い続ける。

すると本当に、そうなることがあると。

でも、これはなかなか難しい。

人を褒め続ける、それも本当ではないのですから、たいへんです。

ついつい、怠けるなとか、ちゃんとやれとか、言いたくなりますよね。


ただ、ここには注意点のようなものがあるそう。

ウソの中に、何らかの真実味がこもっていることが必要だというのです。

ということは、そこには何らかの「まごころ」みたいなのがあるわけか。

こりゃ、難しそうですね。





ウソツキクラブ短信 (講談社プラスアルファ文庫)





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posted by 南方城太郎 at 19:47 | TrackBack(0) | こころの処方箋

2012年12月13日

「(2) 心の奥にあるもの/アワビさん」


絵のないマンガシリーズ「アワビさん」。


<心のなかの勝負は 51対49のことが多い>



<登場人物>


アワビ:天真爛漫な奥さん

ツナオ:アワビの歳の離れた弟。小学5年生。

サケオ:アワビの夫。

コンブ:アワビやツナオの妹。

なぎ平:アワビやツナオの父。



ツナオ

「サケオ兄さん、どうしたの?」

「いつもみたいに情けない顔して」

サケオ

「も〜、やめてくれよ、ツナオくん」

「それより、あれ」


サケオが指さす方には、アワビが。

プンプン、怒っています。


ツナオ

「おかんむりだね」

「でも、だいじょうぶだよ」

「表面上はああでも、中身は違うもんさ」

サケオ

「そんなもんかなあ…」

ツナオ

「そうさ」

「表面上は怒っていても、奥には ゆるしたい気持ちや、仲直りしたい気持ちがあるもんだよ」

サケオ

「ツナオくんはオトナだなあ〜」

ツナオ

「これでも5年3組のジゴロって呼ばれてるんだ」


すると、おもむろにアワビが立ち上がり、猛スピードで走りだした。


サケオ

「うひゃ!」

ツナオ

「なんだ?」


表に出てみると、ホクホク顔で石焼きイモを買う、アワビの姿が。


ツナオ

「ねえさんの心の奥にあるのは、あれだったか」







思えば、怒ってる時でも、心の奥の方には別の感情があるのかもしれない。

悪いことしたな〜とか、仲直りしたいな〜とか。

でも、表面にある感情が、それを認めないのかな?

ならばひとまず、冷えるのを待つか。

熱した物には、冷却期間。

ヘタにいじると再加熱の可能性もあるし。


人の心は、分かりませんなあ。

だから、おもしろいし、発展の可能性もあるわけだけど。




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posted by 南方城太郎 at 07:00 | TrackBack(0) | アワビさん

2012年12月10日

「(16) 51対49の心と逆転現象/こころの処方箋」


河合隼雄 著「こころの処方箋」(新潮社)より。


<心のなかの勝負は 51対49のことが多い>


心理療法家のもとには、無理やり連れて来られる子どもさんも多いのだという。

なので時々は、「お前となんか話さない」と背中を向けてしまう子も出てくる。

でも、河合隼雄先生はこういった場合、逆にやりやすいと思うらしい。


プイと背中を向けたら、「どうも話したくないようやね」と声をかける。

すると相手は「当たり前だ」とか「○○に無理やり連れて来られた」とか、そうやって話しはじめる。

何にせよ、対話は始まるのです。


心の中のことはだいたい51対49くらいで勝負がついていることが多いと、河合隼雄先生は言う。

上のような子の場合、「話すもんか」という気持ちが51で、「ひょっとしたら、話すことで苦しみを理解してもらえるかもしれない」という気持ちが49あるものだと。

「無理だ」という気持ちと、「ひょっとしたら」という気持ち。

「誰にも頼るもんか」という気持ちと、「誰かに助けてほしい」という気持ち。

これらが共存しているもんだといいます。


51対49なら僅かな差なのですが、その多くは無意識の中にあるという。

だから意識上や表面上は、まるで2対0のようになってしまう。

上の話なら、「おまえとは話すもんか」という気持ちが、2対0で勝っているわけです。

でも、河合先生などは、無意識も含めると51対49だということを知っているから、悠然と構えていられる。


逆の例もあります。

「治りたいので、何でも言うことを聞きます」という人もいる。

でも、無意識を含めると、これも、51対49。

初めは熱心なのですが、そのうち、「本当に治りたいのだろうか?」という残り49の態度が出てきたりする。

何としてでも治りたいが51ある反面、簡単に治ってたまるかが49あるのです。

無意識にあるので、気づきにくいですが。


50対50に近づく場合もあるという。

こんな時は、大声になるのだという。

51対49が50対50になるので、表面上にあったものと隠れていたものが、逆転しそうになります。

なので、大きな声を出してしまうと。

初めの例でいえば、「何とか助けてほしい」という気持ちが前に出そうになる。

それを抑えるために、「お前となんか絶対に話さない」と強い姿勢になると。

なのでこんな時には、こっちも大声を出してしまうと もったいない。

せっかくの逆転しかけている動きが止まってしまいます。




こういうことを考えると、おもしろいですね。

「何でそんな態度をとるんだろう?」と思うような時は、

表面に出ているのとは逆のものが、今にも出そうになっているのかもしれない。





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posted by 南方城太郎 at 07:00 | TrackBack(0) | こころの処方箋

2012年12月06日

「(1) ちょっとの継続/アワビさん」


絵のないマンガシリーズ「アワビさん」。


<一番生じやすいのは 一八〇度の変化である>



<登場人物>


アワビ:天真爛漫な奥さん

ツナオ:アワビの歳の離れた弟。小学5年生。

コンブ:アワビやツナオの妹。

なぎ平:アワビやツナオの父。



アワビ「あら、ツナオ。どうしたの? 勉強なんかして」

ツナオ「今まで遊びすぎたからさ、これからは生まれ変わるんだ」

アワビ「ふふ、どうせ続かないわ」



数日後…。


アワビ

「あれ以来、ツナオはずっと机に向かったまま」

「マンガでも読んでるのかと思ったら、宿題や勉強をしてる」

「遊びにも行かないし、テレビも見ない」

「だいじょうぶなのかしら…」


さらに数日後…。


アワビ「あれ? ツナオがいない」

コンブ「お兄ちゃんなら、空き地で遊んでたわよ」

アワビ「やれやれ。でも、ホッとするわ」


さらに数日…。


アワビ「こら、ツナオ! 宿題なさい!」

ツナオ

「ねえさん、ぼく、気づいたんだ。勉強には向かないって」

「これからは、全力で遊ぶよ」

「それに、ねえさん、心配してたでしょ?」

アワビ「あのね、勉強ばかりすることないけど、ちょっとはなさいよ」

ツナオ

「ははは、ねえさんだって、人のこと言えないよ」

「体重計にのって、おおあわて」

「ダイエットだって、食べるのやめちゃってさ」

「でもすぐに反動で、大食いするじゃない」

アワビ「カチン! こら、ツナオ、待て〜!」

ツナオ「へへ〜ん」


なぎ平

「ばっかも〜ん!!」

「ふたりとも、そこに座りなさい」

「いいか、ツナオ。確かに勉強ばかりすることはない」

「遊ぶことも大事だ」

「だから、両方やったら、よかろう」

「どうしてそう、極端なんだ」

「アワビ、おまえもだぞ」

アワビとツナオ「はい…」







極端なことって、続きませんよね。

ダイエットなんか、特にそう。

いろんな頑張りも、そうかな。


でも、逆に考えると、ちょっとずつやればいい。

ちょっとはやりやすいし、そのちょっとも積み重ねで、大したものになります。


量れないほどの重さ、例えば1日に20グラム痩せるとすると、1ヵ月後には600グラム、3ヵ月後には1800グラム、半年後には3600グラム減ることになります。

もちろん、体重の減少は途中で飽和しますけどね。


難しい本を読むのだって、1日2ページ読めば、1ヵ月後には60ページ、3ヵ月後には180ページ、半年後には360ページ、1年後には720ページ。

1日5ページだと、1ヵ月後には150ページ、3ヵ月後には450ページ、半年後には900ページ、1年後には1800ページに。


ちょっとを継続するって、すごいんですね。




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posted by 南方城太郎 at 07:00 | TrackBack(0) | アワビさん