2013年02月28日

「(9) 飽きるくらいが健康でいい?/アワビさん」

絵のないマンガシリーズ「アワビさん」。


<健康病が心身をむしばむ>



<登場人物>


アワビ:天真爛漫な奥さん。ちょっと、オッチョコチョイ。

ツナオ:アワビの歳の離れた弟。小学5年生。トンチがきく。

サケオ:アワビの夫。やさしいが、優柔不断?

コンブ:アワビやツナオの妹。

コマちゃん:アワビとサケオの息子。コマイ。

なぎ平:アワビやツナオの父。

ソウ:アワビたちの母、なぎ平の妻。



ツナオ:

「どうしたの姉さん、フラフープなんか持ち出して」


アワビ:

「知らないの?」

「今、フラフープ健康法が流行ってるのよ」


ソウ:

「また、おまえは、そんなことに熱中して…」


ツナオ:

「ぼくは心配してないよ」

「どうせ飽きるの、知ってるから」


物置には、ルームランナー、ぶら下がり健康機。

その奥には、スタイリーや紅茶きのこまで。







ダイエットにしても、健康法にしても、我々はけっこう飽きっぽかったりしますが、それはそれで健康的なのかもしれませんね。


(1) 徹底的にやらないと危ない時もある。

(2) そうでもない時は、ゆるくても問題ない。


置かれている状況によって、いろいろなようです。


必要なら やらねばならないし、

そうでもなければ、ほどほどでいい。


自分がどんな状態なのか、それを知ることが大事なようです。




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posted by 南方城太郎 at 17:59 | TrackBack(0) | アワビさん

2013年02月14日

「(8) 心のエネルギー源/アワビさん」

絵のないマンガシリーズ「アワビさん」。


<心の新鉱脈を掘り当てよう>



<登場人物>


アワビ:天真爛漫な奥さん。ちょっと、オッチョコチョイ。

ツナオ:アワビの歳の離れた弟。小学5年生。トンチがきく。

サケオ:アワビの夫。やさしいが、優柔不断?

コンブ:アワビやツナオの妹。

コマちゃん:アワビとサケオの息子。コマイ。

なぎ平:アワビやツナオの父。

ソウ:アワビたちの母、なぎ平の妻。




ツナオ

「姉さんは、いつも元気だねえ」

アワビ

「そうよ! 今日も元気ハツラツ!」

ツナオ

「どこからそんなエネルギーが出るのさ」

アワビ

「私のエネルギーは、コマちゃん」

「それに、サケオさん」

「家族を想うと、どんな時でも、元気になるわ」

ツナオ

「そんなもんかね」

アワビ

「ツナオも、家族を持てば分かるわよ」


と、そこに焼いも屋さんが通りかかった。


アワビ

「それ〜!」


急いで買いに走る、アワビ。


ツナオ

「姉さんのエネルギー源は、あれか…」







自分の趣味じゃないものに熱中している人を見る時、冷ややかになることがあります。

何か言いたくなることもある。


でも、考えてみると、そういう「それぞれの好きなもの」から、エネルギーをもらってるのかも。

それで元気になれるなら、それはそれで悪くない。

確かに、好きなものについて語る時って、誰だって楽しそうで、エネルギッシュだ。

それって、すごく大切なのかもしれないなあ。


そういうことでエネルギーが得られ、日々を元気に過ごせるなら、すごく尊いかも。

あと、お金を使うことで、経済だって活性化するかもしれないし。




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posted by 南方城太郎 at 11:52 | TrackBack(0) | アワビさん

2013年02月04日

「(7) 甘えと自立/アワビさん」

絵のないマンガシリーズ「アワビさん」。


<自立は依存によって裏づけられている>



<登場人物>


アワビ:天真爛漫な奥さん。ちょっと、オッチョコチョイ。

ツナオ:アワビの歳の離れた弟。小学5年生。トンチがきく。

サケオ:アワビの夫。やさしいが、優柔不断?

コンブ:アワビやツナオの妹。

コマちゃん:アワビとサケオの息子。コマイ。

なぎ平:アワビやツナオの父。

ソウ:アワビたちの母、なぎ平の妻。




ツナオ

「お父さん、ちょっと座りなさい」

なぎ平

「またか」

ツナオ

「お父さんは、ボクに接する態度が他とは違うんじゃない?」

なぎ平

「そっ、そうか?」

ツナオ

「うん。コンブやコマちゃんには大甘なのに、ボクには厳しすぎるよ」

なぎ平

「そんなこと、なかろう」

ツナオ

「いいや、そうです」

「あのね、お父さん」

「子どもは依存させた方が、自立しやすいんだよ」

「今は、甘えさせた方がいいのさ」

「このままじゃ、ボク、自立できないよ」

なぎ平

「うむ、確かに一理ある」

「わかった」

「ツナオ、こっちに来なさい」


ツナオをヒザの上にのせる、なぎ平。


なぎ平

「お〜、よしよし」

「ツナオは、かわいいのう」

「よしよし、なでなでしてあげよう」


すくっと立ち上がる、ツナオ。


ツナオ

「お父さん、ボクが間違ってたよ」

なぎ平

「どうした?」

ツナオ

「キモチワルイ」

なぎ平

「…」







理論が先立ちすぎると、前を見るのを忘れるようです。

考えに意識が集中して、例えば、人の顔を見るのを忘れる。


物事をうまいこと修正するには、「見ること」が欠かせません。

大丈夫かな? うまくいっているかな?

問題ないかな? 思ってたのと違わないかな?

時々は確認して、修正する。


ちゃんと見ることは、大切なようですね。

といっても、やりすぎには注意。

見すぎるのも、禁物です。


でも、それも、ちゃんと相手を見ていれば、分かること。

見すぎだと思ったら、変えればいい。




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posted by 南方城太郎 at 14:32 | TrackBack(0) | アワビさん

2013年01月24日

「(6) 努力はムダ?/アワビさん」

絵のないマンガシリーズ「アワビさん」。


<ものごとは 努力によって解決しない>



<登場人物>


アワビ:天真爛漫な奥さん。ちょっと、オッチョコチョイ。

ツナオ:アワビの歳の離れた弟。小学5年生。トンチがきく。

サケオ:アワビの夫。やさしいが、優柔不断?

コンブ:アワビやツナオの妹。

コマちゃん:アワビとサケオの息子。コマイ。

なぎ平:アワビやツナオの父。

ソウ:アワビたちの母、なぎ平の妻。




なぎ平

「ツナオ、何だこのテストの点は?」

ツナオ

「ちょっと、お父さん、そこに座って聞いてよ」

なぎ平

「お、おお」

ツナオ

「人間には、得手不得手というものがあってね」

なぎ平

「あ、ああ」

ツナオ

「どんなに頑張っても、どんなに努力しても、できないことがあるんだよ」
「そうは思わない?」

なぎ平

「まっ、まあな」

ツナオ

「ボクにとっては、それが算数なだけさ」
「それを責められるかい?」

なぎ平

「む、むむ」
「そう言われると…」

ソウ

「何言ってるんです」
「そういうのは、努力した人が言うことですよ」
「お父さんも、しっかりしてくださいな」

なぎ平

「はい…」







確かに、努力ではどうにもならないことがありますよね。

それはもう、しょうがありません。

でも、それも、確かめてみないと分からない。

やれば、案外、できたりすることもあります。

また、100点は無理でも、70点や80点までなら、いけることもある。


なので、どちらにも、決めつけられませんね。

やってみないと分からない。

そして、やってみた経験を、人生に活かせばいい。


あと最近、努力する才能について、よく考えることがあります。

ある一点に対して努力を継続できるのは、ありゃ、一種の才能でしょう。




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posted by 南方城太郎 at 15:13 | TrackBack(0) | アワビさん

2013年01月14日

「(5) 男女の理解/アワビさん」


絵のないマンガシリーズ「アワビさん」。


<男女は協力し合えても 理解し合うことは難しい>



<登場人物>


アワビ:天真爛漫な奥さん

ツナオ:アワビの歳の離れた弟。小学5年生。

サケオ:アワビの夫。

コンブ:アワビやツナオの妹。

なぎ平:アワビやツナオの父。

ソウ:なぎ平の妻、アワビやツナオの母。



ソウ:

「あら、またこんなに酔っ払って」

なぎ平:

「男にはいろいろとあるんだよ」

「それより、母さん。水をくれ」

ソウ:

「家庭をあずかる主婦のたいへんさも、ちょっとは、わかってくださいな」

なぎ平:

「スマン、スマン」


そんな様子を覗いている、ツナオとコンブ。


ツナオ:

「夫婦の危機とか言うけど、うちは大丈夫だな」

コンブ:

「どうして?」

ツナオ:

「父さんが一方的に、負けてるからさ」







男女、男と女。

同じ人間だけど、違う存在。

違うから、互いに惹かれる。

互いに助け合える。


理解。

相手の立場や気持ちを、汲みとれること。


同じだと、理解しやすい。

でも、違うものを同じだと思い込むと、理解を間違う。


同じ人間、同じ家族。

でも、ひとり一人は、違う人間。


同じだと強く思うと、違うと感じてしまう。

では、もともと違うんだと思えば?


理解とは、違う人間同士が歩み寄ることかもしれない。

「互いに」というのが、ミソ。




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posted by 南方城太郎 at 11:20 | TrackBack(0) | アワビさん